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汽車はふたたび故郷へ

6月14日鑑賞

(下高井戸)

旧ソ連体制下のグルジア。

映画監督のニコは 自由を求めてフランスへ。

監督 オタール・イオセリアーニ

実人生を重ねて描く。

Map_georgia

場所の確認からいきましょう。

検閲や介入でまともに映画が撮れない。

そして理解ある政府高官の手配で

フランスに出国。

Kisha1

子供時代に遊んだその鉄路を

Kisha2

皆に見送られて出国。荷物と一緒に、鳥かご。

後に伝書鳩として 登場する。

祖父からもらった一張羅のジャケットで。

Kisha3

フランスでは、そふの旧友の世話になり

映画作りに取り組むが・・・・

Kisha4

フランスでも プロデューサーともめたり、

フィルムが自分に勝手に切り刻まれたり、

期待より低い評価しかえられなかったり、

おもうようにならない。

つらさを グルジアの家族に伝書鳩で伝える。

そして

 盗聴や監視、検閲や抑圧 のグルジアに

戻る。

おさななじみの女性と ボートに乗って、

映画関係者との会合に参加した時、

(ひじょうにアヤフヤ)ボートが転覆。

水面下の 人魚がニコたちをみていた。

最後のシーンで ピクニックの途中で、

ニコが桟橋で釣竿を垂らしていたとき、

人魚が また、ニコをみていた。

そして ニコが いなくなった。

これって・・・・死んじゃった?

辛い経験から抜け出てきた人たちの物語。

なのに。

悲しい結末はおかしい。人魚thinkthinkthinkthinkthink

原題(Chantrapas<歌わない子>)

フランス語から生まれたロシア語です。19世紀末、サンクトぺテルブルクの裕福な家庭では、子供にイタリア歌曲を習わせていました。当時、ロシアの知的階級はフランス語を話せたため、子供たちを「Chantra(“歌う”の未来形)子」と「Chantrapas(“歌わない”の未来形)子」と選別しました。やがて、「Chantrapas」は、共通語となり、「役立たず」や「除外された人」という意味になりました。

オタール・イオセリアーニ監督

1934年2月2日、

旧ソ連グルジア共和国のトビリシ生まれ

フランス語から生まれたロシア語です。19世紀末、サンクトぺテルブルクの裕福な家庭では、子供にイタリア歌曲を習わせていました。当時、ロシアの知的階級はフランス語を話せたため、子供たちを「Chantra(“歌う”の未来形)子」と「Chantrapas(“歌わない”の未来形)子」と選別しました。やがて、「Chantrapas」は、共通語となり、「役立たず」や「除外された人」という意味になりました。****監督インタビューより

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