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無言歌

監督 ワン・ビン(王兵)

毛沢東時代の

1956年「百花斉放・百家争鳴」キャンペーンで、

自由に意見を言って良い方針がうちだされた。

その時自由に発言した者たちは、

翌年方針が変えられた時、

右派のレッテルを貼られ、辺境へ送られた。

その数は50万以上。

・・・と 歴史の概略が字幕で表示された。

登場人物たちが語ったのは、

プロレタリア独裁ではなく、

国民独裁と言ったら右派に分類されたとか、

ヌレギヌで弾圧され送られたとか、

Mugon1

甘粛省という 荒地に到着した労働者たち。

(ゴビ砂漠でロケしたという。)

ここでの再教育は、縦穴住居のような壕に寝、

粗食だけで、砂を掘り、運ぶ開拓労働である。

収容所だが、字幕は「農村」とでる。

違和感があるが、共産党が決めた呼称だったのかしら。

飢饉にみまわれた冬、嘔吐物を口にするほど。

死期を悟った者は

仲間に遺言する。

遺体の処理や家族への伝言など。

上海から夫に食糧を届けにきた妻。

亡くなったと聞かされるが、

お正月でなくても 重たい。

太極拳の初稽古の帰り道に

タイミング合ったので見たけど。

Σ( ̄ロ ̄lll)

埋葬場所をどうしても教えてもらえない。

遺言とおりに一張羅を着せられたはずが、

服は奪われ肉は削がれた変わり果てた姿。

それを妻に見せられないと黙り通すが、

叫び嘆き荒地を歩き回る妻の姿に、

真実を明かす。

荒野で荼毘にふし、お骨を持ち帰る妻。

悲しみの声は 墓を暴いて回っている時の

繰り返し、繰り返しが クドイ。

この妻は上海で日々をどう送っていたのか?

これからどうするのか。

開拓地の壕では、毎朝脚に触って収容者の

生死を確認する。死んでいると、フトンに

包んで担ぎ出し、荷馬車に積み込む。

朝食が配られて 同壕の仲間が死んでいるのが

わかった。でも、まず食事をしてしまおう。

(食事といってもひとすすりの液状)

死んだ仲間のふとんがなくなった。

・・・・・・ 死んだ者より生きている者が・・

生きつづけることが・・・

という。

役者が キャリアのある人、

演劇学校を出ただけの人、

現地の素人、

と3種類いて、学校でただけの人が

(演出で)扱いにくかったと

監督が書いていた。現地の人は

遺体の包み方も何度も何度も稽古したとか。

6日に 初映画がこれだった。

1970年代半ば、

文化大革命末期の中国で

都会の学生を農村への「下放運動」

(「シュウシュウの季節」の悲惨)は

知識として知っていたが、

1960年の反右派闘争はじめて知った。

大戦などで 同じような処遇にあう人は

いたとおもうが、同民族の仕打ちsign02というのが、

辛い。

香港・フランス・ベルギーの合作。

英題 THE DITCH

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