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2007年8月

エディット・ピアフ愛の讃歌

Piaf エディットをブリジット・アリエルが

演じ、

歌の吹き替えは

ベティ・マルス。

昭和49年度芸術祭参加作品です。

昼は街角で、夜は安酒場で歌う日々

そんななかで、


この秋公開の作品の劇場での予告編は

昔の作品と

イメージがかなり違う。


楽しみにしている。

昔の映画で印象に残っているのは、

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インランド・エンパイア

おもしろかった。

ギリギリまで、観ようか観まいか迷っていた。

3時間(長時間!)

「リピーター続出」(わからない映画なのかも)

リンチ監督、有名だけど、「モナリザ」見ただけ。

でも、ジェレミーアイ・アンズが背中を押した。

見終わってからジェレミーアイ・アンズは

登場場面少なかったと気がついた。

リンチ帝国のなんたら、かんたらというより、

エンタテイメントです。

ドアを開けるたびのドキドキ=サスペンス

音楽、ダンス=いっしょに口ずさめる。

うさぎ人間の芝居、

ポーランドの幅広の道路の雪景色。

善き人のためのソナタを思い出しちゃう。

3時間だから、見ていても余裕がある。

画面右手の映写機が映し出す、

映画のタイトルのあらわれ方が、

おしゃれ。

エンドロールもバックに映像があり、

おしゃれ。画像を探して採用した写真。

この場面はなかった。

Uma

馬のことは、

でてきたが、

これの話は、

なかった。

眠らなかった。

つもりだが、

眠ったのか?

でも、

楽しい時間を過ごせた。

俳優も見たことアル人いっぱい。元気がでますよ。

題名、直訳もわからない。調べもしない。

インランド・エンパイア書いている

Exoticaさんのブログを発見。

http://exotic-a.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_f6dd.html

鶴頂内膝眼も初コメントをしました。

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さすらいの二人

Passengermini ベルイマンが亡くなって、

あれこれ記憶をたどって、

頭をフル回転した。

幾日も経たずに

またまた名前に覚えのある

「監督」の訃報。

ミケランジェロ・アントニオーニ監督

見た作品では「情事」が

浮かんだ。感想は

「わからん映画」だった。

ミケランジェロ・アントニオーニ監督の

「さすらいの二人」は

主演ジャック・ニコルソン。

ミケランジェロ・アントニオーニ監督

1912年 北イタリアのフェルラーラ 

生まれ

2007年8月没

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中天

Viene_pronto

あと1週間で中天を大スクリーンで

見ることができます。

六本木はもう1週間おあずけですが。

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オーシャンズ13

Photo

1はビデオ、2は未見。

いい男がいっぱい。

初っ端、泥棒の最中に

ケータイが鳴り出して

びっくり。

今回は、仲間の意趣返し。

カジノの裏仕掛けをあれこれ

操作して、アルパチーノに

復讐する。アンディ・ガルシア

は、やっぱり最後苦笑い。

オーシャンズの勝ちで。

最後にみんなが、花火を眺めているシーンで、

流れていた曲This Tawn云々いい曲だった。

フランク・シナトラの歌。

話の中でも「フランク・シナトラ」と握手したもの同士。

がでてくる。

ところで、5ダイヤモンドの審査員の俳優が

どこかで見たことがあるけど、エートなんです。

可愛そうだったけど、最後スロットフィーバーして

めでたしです。

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イングマール・ベルイマン

Bergimanrite

スウェーデンが世界に誇る名匠、

イングマール・ベルイマン監督

が先月亡くなった。

1本だけ見た作品があり、

難しくて眠ってしまったと記憶している。

その作品が何だったか・・。

「叫びとささやき」だと思っていた。

土偶のような仮面をかぶった人たち。

「夜の儀式」だと、わかった。

シーズンオブベルイマンのちらしによると、

「夜の儀式」ストーリー

ヨーロッパのある国。「儀式」という

名の奇怪な演しものを

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夕凪の街 桜の国

Photo

「死んでもいいと思われた自分」

が生き続け、そう思われたその

13年後に死ぬ。

原爆を落とされた時、小学生だったミナミ。

建物疎開の準備で、

ピカの瞬間は倉庫内。

だから命が残った。

瓦礫の中のからみつかった妹ミドリは

ミナミにおぶわれたまま

おねえちゃん長生きしてね。

と言って亡くなった。

そんな子供時代のいきさつも

話せる恋人ができたのに。

恋人と弟アサヒを見ながら死んでいった。

という

昭和33年の描写と

平成19年アサヒの娘ナナミと

息子ナギオの3人家族の時代。

疎開していて被爆しなかったアサヒの

結婚や上京、母(ナナミからみると祖母)

の死など現在までが

広島へ思いがけず行ったナナミの

回想と想像で表現されている。

そうじゃないかな?と思った

ほとんどそのままなのです。

が・・・

久しぶりに感動しました。

ミナミの独白に

被爆直後の絵画の挿入で

とても迫力をもたせている。

絵の使い方といっしょに、

写真もいい小道具になって

筋書きにとけこんでいる。

昭和33年の広島の銭湯の

被爆の娘と母の入浴シーン。

平成19年ラブホで女の子同士で

泡のお風呂でプリプリのダイヤモンドを

熱唱して楽しそう。でも

ナナミのこの友だちも

被爆とまるで無関係ではすまされない。

でも、明るい終わり方で希望がもてる。

もうひとつ

監督佐々部清さんには悪いが、

原作が良いのだろうな。と思ったら、

脚本も佐々部さん混じっていましたね。

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